もう一つの仏教学・禅学

新大乗ー本来の仏教を考える会

    

推薦図書

『心理療法としての仏教』法蔵館

安藤治氏(花園大学教授)、2003年。

仏教を心理学として理解する

 ブックカバーには、次のとおり紹介されている。  本書の内容のうち、禅とかかわりが特に深いところは次の記事で紹介している。
 坐禅に似た「瞑想」が心の病気などに効果があるという、欧米での瞑想の利用が紹介されている。
 ところが、日本では、まだまだ「禅」が医学や臨床心理学の領域で、応用されていないという。本書は、禅僧、仏教学者、心理療法家、精神科医のどれを対象にしたものだろうか。誰が、欧米の心理療法家たちのように熱意を持って、とりくむのだろうか。日本では、禅は、テレビでは警索で打たれる厳しい場面が紹介され、無字の公案で修行させ、「己事究明」といい強い人しかできないような禅である。学者は思想研究、思想史研究が中心であり、「道元禅は目的のない坐禅が尊い」といったという学説が圧倒的な日本。禅僧や仏教学者からは、欧米のような医学への貢献という領域はないとしか感じられない雰囲気である。
 カバーに「心理療法の新たな可能性を真摯に模索した」とあるとおり、日本では、研究されてこなかった。「可能性」を思う段階である。日本では未開拓の領域である。だから、おそらく、欧米のような心理療法への応用について、禅僧も禅学者もアドバイスすることは困難であろう。 本書は、花園大学教授の著作であるが、著者は、仏教学者でもなく、禅学者でもなく、精神科医である。禅の最高学府でも、禅学者がこういう研究をせず、精神科医が欧米の事例を研究している。異分野の人が行っている。それを、禅僧や禅学者が受け入れるか、「壁」を破るか、前途は多難であろう。
 しかし、現代の日本の禅では見失われていても、釈尊の「仏教」には、欧米の心理療法家や精神科医などが研究してき医学の領域に貢献できるものが、確かにある。医学や臨床心理学など、仏教からは異分野の人でも、仏教の治療的側面を研究すべきである。折りしも、「臨床仏教カウンセリング」ということを提唱してきた私には、誠に力強い応援を得た思いである。
 花園大学で、これが実現されることを期待したい。

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